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(脱) 成長論・まとめ

経済成長について、いくつかの論点にまとめてコメントしてみます。
経済成長すればすべてうまくいく。
例えば小峰隆夫氏の日経ビジネスオンライン上の以下の2つの寄稿記事で主張されている論点です。経済成長は七難を隠す (2012-04-25)復興、エネルギー問題、幸福度のカギを握るのはむしろ「成長」(2012-05-16) 経済に限っていえば、そうでしょう、と同意します。
しかし、現在の問題はどうあがいても成長しないということであって(cf. 21 世紀政策研究所のレポート)、経済成長すればうまくいくと言われても困惑します。経済成長は持続可能ではない。
有名な議論はローマ・クラブによる「成長の限界」ですが、正確には有限な資源を成長にともない上限を持たないような増加曲線で利用するような経済成長は持続可能ではない、ということになります。これは論理的に正しいでしょう。
上記の寄稿記事ではまだ限界に来ていないから大丈夫と述べていますが、目先のことしか考えていない無責任な発言と言えましょう。また、資源価格が上昇していないとも述べていますが、2000年代になって原油価格は経済が成長するたびに高騰して経済成長にブレーキをかけているのが現実と思われます。そもそも市場は失敗するものであって、有限資源領域(人間社会と地球)での成長を論じるにあたって市場を持ちだしてくるのは不見識といえましょう。有限な資源を用いた無限の経済成長
無限の経済成長を有限な資源を使って成し遂げることは論理的には可能です。すなわち、資源の利用の増加曲線が成長にともなって上限を持つように行えばよいわけです。このためには、不断の資源利用の効率化を行えばよいことになります。
脱成長論について
脱成長論は、経済成長が(多くの事例が示しているように)幸福の増大に直結せず、かつ持続可能で反倫理的なのであれば、経済成長を求めることはやめよう、やめるべきだ、という議論といえるでしょう。
上記の寄稿記事の主眼は反脱成長論でした。脱成長論をとるか反脱成長論をとるかは、それぞれの人の基本的な世界観(世界に対する態度)によってくるのではないかと思いますが、よりよい生活を求め(て努力す)ることが人の性と考えた上で、持続可能な成長を求めるとなると、上記の有限な資源を用いた無限の経済成長というあたりが落としどころとなるかと思います。
実際、現時点でみんなが経済努力を放…

CITIBANK@那覇

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さすが外国銀行 ― 邦銀ではオペレーションセンターを沖縄におく発想はないかも。

※外貨送金の申込書に「以下ローマ字で記入」とあったのを見落として、
 この手紙の中身は一週間後に戻ってきてしまいました。
 「ローマ字で記入」ってオペレータが日本語読めないのかと思いまし
 たが、そういうわけでもないようです(たぶん英文で記録を取るため)。